稲沢市荻須美術館美術館の庭で、
地質調査断層 1992 20×960×360cm
幅120cm、奥行き120cm、深さ360cmのスペースから
掘り採った全ての土及びその混合物










地質調査断層によせて

味岡伸太郎の表現は前衛書に始まった。しかし、文字を書くことの必然性が見出だせないまま文字の形や書く技術だけを追っている現代の書の在り方に疑問を持ち、訣別する。またその頃、画家山口長男から「揺れているカーテンではなく、カーテンを揺らす風を描け」という言葉を掛けられた。これは、現象を描く再現芸術ではなく、現象を引き起こす真理ともいうべきものの「かたち」を描こうと抽象絵画に取り組んだ山口からの時宜を得たメッセージでもあった。
 味岡はさらに、ありのままの自然から離れ知識・技術を通して物と接することや、真理をつくりだそうとする行為を作為と呼び、作為では真理に到達し得ないと考え、作為を捨てるため二畳大の和紙にひたすら点々を打った。これを約3年続けたのが、点々というかたちの極限においてもなお、墨の置き方、間の取り方にやはり作為が表れてくることに限界を見たようである。そこで、アトリエに机を並べて床を塞ぎ、作品を作れないようにしてしまった。ところが今度は家の庭にある石や木などの身近なものを触っているうちに、石や木の法則に導かれるように作品が出来ていったという。
 このような経緯で、味岡が基盤としている「素材に無理の無い形、自然が本来備えている性質、形状、その他の条件を見つけること、またそのためのシステムの発見」が目指されることになった。点々を打つ独り言的な作業の袋小路から、物との関係、つまり客体との対話によって造形の出口を見出だしたといえよう。また、それは二次元である平面から空間を孕んだ三次元へと表現の可能性を一段と広げた過程でもあった。
 自然のかたちを見つける仕事として、彼は次に土を素材に取り上げた。その代表的な二つの作品が「COLOR SAMPLE」と「富士山麓地質調査」である。
「COLOR SAMPLE」は、豊橋市の海岸部から山までの間に露出した土砂を集め、色見本のように4×6=24個の正方形になら並べたものである。その色とりどりの土を見て人々は今立っているこの大地の美しさに新鮮な驚きを感じる。豊橋の土というローカルな素材が、大地への目醒めというグローバルな共感を人々に呼び起こす点でこのシステムは共通言語足り得るのである。
 彼はこの仕事をさらに発展させ、土をそのまま絵の具にしてキャンバスに塗り付けた。さらに「EARTH SAMPLE」と題してマット紙の画面に溝を作りそこへ土を塗り込め、回りにはみでた土をごしごしと擦りつけた作品を作り出した。ここへ来てようやく、何度も振り捨てた自分の技が、手のストロークとして再び現れ始める。彼は、作為を捨て素材の本質を探る作業を進める中で、同時に内にある自然とも言うべき自己の本来の性質、核となる存在にも近付くことが出来たのではないか。この方向に進めば、彼と彼の作品がともに自然の発露となり、将来はさらに多弁な(生き生きとしたストロークに満ちた)ものとなるであろう。
 「富士山麓地質調査」は富士山麓の上九一色村に巾20m奥行6mの牧草地を刈り、土を露出させ、その中に長さ16m巾60cm深さ1mの側溝を掘り、その土をふるいにかけ土の荒さのサイズにより分類して5つの山にしたものである。富士山を背景に土盛りが並んでいる姿は、あたかも富士山の分身として以前から、そしてこれからも存在し続けるかのように自然なたたずまいを見せる。人々は人間の手で作られたものでも自然の姿であるかのように見えること、またそのように見えたとき美を感じることに改めて気付かされる。
 (中略)
 今回制作された地質調査“断層”も、その場の土を提示することによってそのものの在り様や、ものとの関係を示す点で「富士山麓地質調査」の延長にある。“断層”は美術館の裏の土地を掘ってその土を並べ地質を示したもので、何かを発掘するためとか、建物を建てるために調査したものではない。ここでは掘る行為自体が作家にとって必要で十分な目的なのである。その結果掘り出された土は、私たちの立っている稲沢のこの場所がどのような場所であるのかをまざまざと提示するであろう。そして語るのは作家ではなく土自身である。見る側は、いつも表面として見慣れた地面の下に延々と広がっている土そのものと向かい合うことで、何らかの意識の変換を迫られるであろう。それは展示室に限らず、ずっと後の路上で喚起されるかも知れない。人は土の語る声をどこまで聴くことができるだろうか。それはまた、過去から未来に渡ってどこまで時間を想起できるか、空間をどれだけ飛翔できるかが試される時かも知れない。この作品は会期が終ると何食わぬ顔で元の場所に還される。私たちがこの土に出会うのは、この土の歴史のうちのほんの一瞬でしかない。すべての出会いと同じように。
稲沢市荻須記念美術館 学芸員 山田美佐子