表出する大地展
1997年2月8日〜3月30日
広島現代美術館
味岡伸太郎は、石や木など、様々な自然物を用いるが、とりわけ土による作品が制作の中心を占める。土の様々な要素の中でも、彼がとくに関心を寄せるのは、その色である。土壌学の概説書に必ず記されることだが、土の色は、主にそこに含まれる鉄分と腐植による。非晶質の酸化第二鉄では褐色、結晶化したゲータイトでは黄色、ヘマタイトでは赤色、還元すれば青い色を呈する。粒子の大きさも関係し、ヘマタイトも、結晶が大きければ濃紫色になる。一方、腐植は黒から褐色である。それ以上の土の成分は、ほとんど白色か灰色にすぎない……。しかし、こうした通り一遍の説明では考えられないほど多彩な色を土が有することを、味岡の作品は指し示す。しかも、各地から集められた土ではなく、特定の場所から採取した土が、こうした多様性を持つ。作家によれば、出身地である愛知県内の土は色が豊富で、そうした背景が色を扱うことになった理由のひとつかもしれないという。
採取した土をそのまま、あるいは、セメントで固めたものを床に並べたインスタレーションもあるが、近年は、土に接着剤を混ぜ、絵具のように描く平面、いや、まさに絵画としかいいようのない作品に精力を注いでいる。前者が、地質調査の名にふさわしく即物的であるのに対し、後者は、絵画の歴史やシステムを踏まえた上での作品であり、そうしたシステムと自然の呈示との関係がひとつの焦点だといえる。たとえば、帯状に土を積み重ねる作品は、基本的には地層を反映する一方、まさにミニマル・アート風のストライプ絵画である。いや、こうしたスタイルこそ、土の色の差異をあたかも明確な地層として増幅させたとも考えられる。さらに、作家のストロークは、表現として極めて巧みであるが、それによって、土の質感が引き出される。おそらく、人類の原初の絵画も、こうした色のある土を利用したのだろうと想像される。味岡の作品は、絵画の発生を垣間見せるが、そこに回路をつけるとしても、決して回帰するわけではないことは、彼の採用するスタイルや手法の現代性から推測できる。いずれにせよ、絵画の歴史が獲得してきたスタイルや手法が、そこに自足し、完結するのではなく、つねに自然へと開かれているところに、味岡の絵画の特徴があるのではないだろうか。
最近作は、一見、マーク・ロスコの晩年作を連想させるかもしれないが、味岡は機械的に土の色を上下に二分した構図を採用しただけであり、そのシンプルな構成が、色の対比を強調し、ストロークによる効果を高めると判断したからだろう。本展出品の新作もこのタイプである。なお、味岡は、このために、広島の造成地で土の採取を試みたが、そこは真砂土が主で、色の変化に乏しく、結局、島根県の旭町で採取した土を使用した。12点組みでその場所の色の変化を見せるゆえ、それらでひとつのインスタレーション作品というべきかもしれない。
出原 均(広島市現代美術館学芸員)
「ある弁明とある解説」より抜粋